テレビやYouTubeで紹介されているインフルエンサーたちのモーニングルーティンはどれほど正確性があるのだろう。例えば田中みな実氏みたいな30代後半なのに美貌を保てている人がモーニングルーティンをすれば、乙女たちは「田中みな実氏の美しさって朝の行動から決まるんだ!」と言った感じで抜群な信頼性を持てるに違いない。化粧水や乳液を塗って、健康的な朝食を食べて、ヨガを嗜むみたいな生活を送っているのが、田中みな実氏のリアルであると感じさせることができる。
しかしその田中みな実氏がやってるおんなじモーニングルーティンを、たとえば何だろう、普段から家をゴミ屋敷状態にしていて、飯もコンビニの添加物まみれでろくに運動もせずにPCのブルーライトを浴びて夜通し「今日はパチスロで五万円擦ったわー」とか言いながらストゼロしばいて配信をしているインフルエンサーがやってたらそうだろう。「嘘つけ」とか「そんなわけないだろ」とか「朝絶対にやらないこと大喜利でもしてる?」みたいなことをコメ欄で言われて、信頼性みたいなものなんて全くないに等しいだろう。
それは体脂肪率が高めの方や個性的な顔面をお持ちの方でもそうなのかもしれない。そりゃ有名人である程度のファンが固定でついている人なら、そんなルーチィンをやっても「〇〇ちゃんは努力してるんだね!」と言った激励をくれるからいいかもしれないが、絶対、絶対に1件くらいは「お前みたいなんが調子乗んなよwwwww」みたいなコメントをみたことがあるはずだ。綺麗じゃない人が綺麗になることは別に法律で罰せられるなんてことは聞いたことがない。それをあたかも罪のように見せて気味悪がる人がネットの隆盛によって劇的に増加した気がする。勘違い系は勘弁してほしいが、ただ純粋に綺麗に近づきたいのならば、私はそれをただ純粋に応援したいものである。
そもそもなぜ人はYouTubeでモーニングルーティンをあげるのだろうか。暮らしの丁寧具合を褒めてほしいから?みんなやってるから?収益性があるから?色々考えがあるが、その中でも私が一つ根底として存在しているモーニングルーティンの意義を見出したかもしれない。それは「憧れ」なのではなかろうか。人というものは物心ついた瞬間「あ、YouTuberになろう」と思う人が少なく、必ずしも、「志すきっかけ」からそれを目指す人が多い。YouTuberを始めた人も、ヒカキン氏や東海オンエアみたいな存在になりたいと思ったはずだ(そこから紆余曲折あって憧れとは違うジャンルの動画で大成する人もいる)。そこでモーニングルーティンをしている人たちというのは、田中みな実氏みたいな普段から美を纏っているような存在に憧れてその美に溢れた生活を模倣しているのではないかと推測している。
そう思ってみれば、さっき話していた嘘ルーティン疑惑がある人たちも、心の奥底からそう言った規則正しい生活を送ってみたいという願望からそう言った動画をとっているのではないかと思えてくる。YouTuberは撮影の他にも編集作業や頻繁なSNSの更新などで普通に徹夜を繰り返してしまうことが多いのだろう。そうした昼夜逆転生活が重なると、コンビニで飯を食ったりエナドリをがぶ飲みしたりして、健康を害する人たちが増えるのは当然なのかもしれない。その中でも一部のYouTuberたちは編集で徹夜しない田中みな実氏のような生活を送りたいと思っているのだろう。そう言った憧憬から規則正しいモーニングルーティンを作り出してそれを全世界に公開することによって、自身の生活もその動画に映る生活になるように軌道修正を図ろうとしているのではないかと思う。
YouTuberの面裏なんて知る由もないから以上のような文章はほとんど陰謀論みたいなものだ。でも私は編集作業というYouTuberが避けて通れない激務があるのを鑑みてみると、どうしても全てのYouTuberが動画のような丁寧な暮らしをしているとは到底思えないのだ。編集作業がヒカキン氏の手をもってしても7分の動画でも6時間ほどかかるそうな。最近動画時間もめっさ長くなってるから普通に一つの動画を作るのに一週間ほどの時間は費やすのではなかろうか。そうなってくると編集作業を外部委託しない限り、動画のような暮らしを毎日するのは不可能なのではないか。いくら時間が有り余っているからといって、膨大な時間を要する編集作業の前では、毎日同じことを繰り返すことができるという保証はないのではないか。しかも副業でYouTubeをやってて日中は本業をしている人たちであれば尚更時間は…。
いや、信じよう。みんなあの動画の通りの丁寧な暮らしぶりをしている。なぜなら普通の根気の弱い人間ならすぐに逃げ出すような編集作業に逃げずに取り組んできた人たちなのだから、モーニングルーティンだって前の継続に備えるための継続として欠かさず行なっているものだと信じている。
それに私も、他人のモーニングルーティンを真似してみようとして、何度も失敗を経験している身である。それで何度も失敗したからこそ最近、有名になる人はまず朝の行動から根気強く継続を行うことで継続する力を強化して来たのだと。朝からコールドシャワー浴びるって何でわざわざ嫌なことしなきゃいけないのと思っていたが、嫌なことをするからこそ自身の強化につながっているのだと最近気づいてきた。毎日嫌に思っていたことが回数を重ねて嫌じゃなくなってきたと思えるようになれば、それで勝利なのだろう。挑戦の少ない人生は楽ではあるけれど楽しくはないのかもしれない。だからこそ今からさまざまな挑戦を通じて死ぬ時には楽しい人生だったと言えるようになる方が幸せなのだろう。
そうと決まれば私は明日からコールドシャワーを実践する。しかしその発言に真正性を持てるかと言えば、決してないと言える。今日も8時に起きようとしたはずが10時ごろに起きたし。だからこそ明日待ち受けるコールドシャワーだけは必ず遂行するということをこのブログに釘を打って書き留めておく。もししなかったら呪いで胸がジンジン痛むという罰を自分に科しておく。
最後に、基本長続きはしない私だが、ジムでの筋トレだけは始めた時から定期的に行くように心がけている。直近では週3回行くことができている。筋トレだけは朝とか夜とか関係なしに行動することで体や心に何かしら恩恵を授けてくれることはわかっている。前までは筋肉痛がきついと思っていたけど、今となっては筋肉痛がない時の方が不安に駆られるようになった。これが楽しい人生なのかどうかは甚だ疑問かもしれないが、まあ必ず何かいいことあると信じて今日も痛みに耐えている。